城を訪れると、壮大な石垣が目の前に広がる。その堅牢な姿に圧倒されると同時に、「なぜ何百年も崩れずに残っているのか?」と疑問を抱く人も多いのではないだろうか。
今回は、城の石垣が今もなお健在である理由を、歴史的背景や構造の観点から掘り下げる。さらに、実際に訪れた城での体験を交えながら、その魅力を紹介する。
石垣とは?— 城の防御を支えた要の構造
石垣は、日本の城郭において防御の要となる重要な構造物だ。堀や土塁と並んで、敵の侵入を防ぎ、城を守るために築かれた。
石垣の発展は戦国時代に加速し、それまでの土塁主体の防御から、より堅牢な石積みへと進化していった。特に、織田信長が築いた安土城以降、本格的な石垣を備えた城が各地に建設されるようになる。
では、そんな石垣が何世紀にもわたり崩れずに残っているのはなぜだろうか?
石垣が崩れない理由①— 頑丈な基礎工事
石垣を長持ちさせるためには、まず基礎を固めることが重要だ。
城の石垣の下には「栗石(くりいし)」と呼ばれる小石が敷き詰められている。これにより、地盤が均等に圧力を受け、地震や水害の影響を受けにくくなる。
さらに、地面をしっかり突き固める「締め固め工法」が採用されている。これにより、長期間にわたって石垣が安定した状態を保つことができるのだ。
石垣が崩れない理由②— 「緩やかに崩れる」構造
意外かもしれないが、城の石垣は「完全に崩れない」ように作られているわけではない。
地震や豪雨の際、全く動かない石垣ではなく、一部が緩やかに崩れることで全体の崩壊を防ぐ仕組みが取り入れられている。これを「免震構造」とも言い換えることができる。
例えば、積み上げられた石の間にはわずかな隙間があり、揺れが発生した際にクッションの役割を果たす。また、表面の石が崩れても、内部の構造がすぐに倒壊しないよう工夫されているのも特徴だ。
石垣が崩れない理由③— 積み方の工夫
日本の城の石垣には、いくつかの積み方がある。代表的なものを紹介しよう。
野面積み(のづらづみ)
自然石をそのまま組み合わせて積む方法。隙間が多いものの、柔軟性があり、地震の際に衝撃を吸収しやすい。熊本城や松山城の石垣に多く見られる。
打込接(うちこみはぎ)
石をある程度加工し、隙間なく積み上げる方法。強度が高く、戦国時代後期から江戸時代にかけて多用された。大阪城や姫路城の石垣が代表例。
切込接(きりこみはぎ)
石を精密に加工し、ほぼ隙間なく積む方法。最も頑丈な積み方とされるが、加工の手間がかかるため、大規模な城郭にはあまり採用されなかった。
このように、それぞれの積み方には特徴があり、地震や風雨に対する耐久性を高める工夫がなされている。
実際に訪れた城の石垣の魅力
熊本城—「武者返し」の威容
熊本城の石垣は「武者返し」と呼ばれる独特の形状をしている。下部は緩やかだが、上部にいくほど急角度になっており、敵がよじ登るのを防ぐ設計だ。
2016年の熊本地震では、一部の石垣が崩れたものの、構造自体はしっかりと保持されており、改めてその耐久性の高さが証明された。
松本城—現存天守を支える美しい石垣
松本城は、平地に築かれた「平城」だが、その石垣はしっかりとした基礎を持ち、現存天守を今も支えている。特に、堀に映る石垣の姿は美しく、訪れる人々を魅了してやまない。
大阪城—巨大な石が築く圧巻の城壁
大阪城の石垣は、徳川幕府の時代に築かれたものが残っている。巨大な「蛸石(たこいし)」など、一枚岩を活用した豪快な造りが特徴だ。
まとめ—石垣は歴史と技術の結晶
城の石垣は、単なる防御のための構造ではなく、先人たちの知恵と技術が詰まった遺産である。
頑丈な基礎工事、柔軟に崩れる仕組み、工夫された積み方によって、何世紀にもわたってその姿をとどめているのだ。
実際に城を訪れる際は、天守だけでなく石垣にも注目してみると、また違った視点で楽しめるだろう。次の旅では、ぜひその頑丈さや美しさをじっくりと堪能してほしい。
