備中松山城(岡山県)

備中松山城公式サイト
画像引用元:備中松山城公式サイト(http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=1)

周囲に岸壁がそびえたつ備前中山城。戦国時代の面影を残す名城の一つです。近世の城では珍しく山城で、麓に政務を行ったという記録が残っています。

備中松山城の歴史・特徴

現存する天守の中では最小で、標高430メートルの臥牛山に建てられています。
標高の高い山にある城は山城と呼ばれ、備前松山城は天守が残る山城では日本でただ一つです。

備前松山城の前身である城は、鎌倉時代には建てられていました。これを今の城に改修したのが水野勝宗です。
江戸時代に幕府の許可を得て大改修を行い、近世では珍しい山城が完成しました。水野家のあとに安藤家・石川家・石川家と藩主が変わっています。
明治の廃城令で廃城となりましたが、山の上にあったため解体はされず、放置されることに。1939年からこれまでに3度の保存修理が行われ、天守・二重櫓・土堀が重要文化財に、城跡は国指定史跡となります。

備前松山城の特徴は、自然の岩盤と人口の石垣を取り込んでいることと、中世城郭の一部を近世城郭に改修していることから両方の特徴を見ることができます。

備中松山城の見どころ

臥牛山に建てられているため、天守までは徒歩でしかいくことができません。8合目まで駐車場はありますが、14台しか停めることができず道幅も狭いため、毎日シャトルバスが運行されています。
登城していると、大手門跡の石垣があります。そこから左へ曲がる構造になっており、直進できません。周囲に石垣があり、攻め込まれた場合この石垣から投石や投てきされていたことが想像できます。
右側にある石垣は、天然の岩と人口の石垣がうまく組み合わさっています。
大手門跡を進んでいくと、土堀が見えてきます。この土堀の表面は改修されていますが、中は当時のままです。
さらに進んでいくと三の丸や御前棚が見えてきます。御前棚には唯一のトイレがあるので一休みするといいでしょう。
進むと二の丸、本丸が見えてきます。写真でよく見られる構図はここから撮影したものです。振り返ると城下町が見られます。
本丸には本丸南御門があり、天守が見えてくるでしょう。天守自体の高さは11mと現存する天守では最も低い作りです。
天守は石垣と複数の櫓(やぐら)で囲まれていますが、二の丸から見上げると櫓や堀に隠れることなく天守が見えるようになっています。
内部だと天守1階には囲炉裏があります。囲炉裏がある天守は備前松山城だけです。

備中松山城へのアクセス

最寄りのJR伯備線「備中高梁」駅から車で10分